Kiraku

木工生活 「木楽」


ドア制作記

 

2009年に庭の片隅に約三坪のキットハウスを組み立てた。小さな小屋だが、けっこう使い勝手がよく、ある時はゲストハウスとして、そして最近は音楽スタジオとして使っている。

数年前の台風で被害を受け、屋根を葺き替えたり、西側の外壁も全て張り替えた。

最近ドアの下の部分が腐ってくるのが気になっていたが、とうとう、ドア本体のパネルが外れてしまった。こうなってしまうと修理ではなくドア交換をしなくてはならない。例によってネットで探し、既成のドアを購入しようと思ったが、サイズのあうものが見つからない。さらに値段が法外に高い。それならばと、久しぶりに本気でドアを制作した。

まず、古いドアを外してみたら、その周辺部分が相当に傷んでいるので、まず部分的に補修。ドアが入る枠組みも新設した。

窓はアクリルにしようと思ったが、値段を比較したらガラスの方が安価なので、ネットで注文。ちょっとおしゃれなフレームも入れてみた。

ドアを作る度に面倒なのがドアノブと蝶番だ。ドアノブは電動ドリルで垂直に深い穴を開ける。完全に垂直になっていないと後での調整は難しい。蝶番を固定する所は蝶番の板の厚さ、今回は2.5ミリの深さに彫り込む。トリマーで大まかに掘ってからノミで仕上げる。蝶番もドアノブも正確さが求められるので、小さな仕事だが時間がかかる。

さあ、いよいよ吊り込みだ。ここで、またもや難題が発覚。

15年も経つので、いつの間にか躯体全体がほんの少し歪んでしまったのか、ドアを吊り込む枠が僅かだが直角でない。仕方なくドア自体をカンナと電動ヤスリで加工。最後に戸あたりと錠受けの工作をする。毎日3,4時間の作業で、実働一週間以上もかかって、やっと完成。

下の写真は15年前の年新築当時と、ドアを交換した今回の写真だ。小屋も私も、肌のツヤがなくなり、一緒に年を重ねているのだな〜と、実感。

 (240209)

2009年新築当時の小屋
2009年新築当時の小屋
同じ角度から現在の小屋 15年の間に木も随分茂って全体が見えない
同じ角度から現在の小屋 15年の間に木も随分茂って全体が見えない

コーヒーが好きだ

 

毎朝5時半前後に起床、まず血圧測定、今朝も高いぞ。測り終えて記録をとってから、前日の日記をつける。三食の内容などを思い出しながら記す事でボケ防止も兼ねている。六時前後に石油ストーブに火をつけたら早朝散歩にスタートだ。散歩のお供は骨伝導のイヤホンで聞くラジオ。小一時間後に帰宅。まず薬缶に水を満たしてストーブの上に置く。そして朝食の支度。

湯が湧いたのを確認してから、ガリガリとコーヒー豆を挽く。爽やかな香りがキッチン中に漂う。コーヒー茶碗にお湯を入れて温めてから、湯をコーヒーケトルに移し、ペーパーフィルターでゆっくりと、少しずつ湯を落としてゆく。最初はコーヒー粉からブクブクと泡が出てくる。そして更に湯を継ぎ足してゆく。ちょっと緊張するこの時間、「二平流コーヒーお点前」が好きだ。

どういうわけか、理由は定かでないが、朝の一杯は温めたミルクを入れて飲む。昼間に飲むコーヒーはいつもブラックだ。

余談だが、以前ジャマイカのコーヒー農園で取材したとき、原産の旨いブルーマウンテンコーヒーを飲みたいと所望したところ、「旨い豆はニューヨークと東京に輸出する」、とのことだった。

日本で世界中の旨いコーヒー豆が手に入るのは嬉しいことだ。

コーヒーの入れ方は様々だ。コットンの袋で濾す、サイフォン式、ペーパーフィルター、そして最近は陶器や金属で出来た専用の濾し器など色々あるが、私のようにペーパーフィルターを使っている人が多いようだ。

そこで役立つのが自作のフィルターケース(写真)である。材料は古材屋で手に入れた屋久杉だ。多分、日本間の天井板として使われていたものだろう。この波打つような木目がとても気に入っている。

朝、美味しい一杯のコーヒーを味わいながら色々と考えるのは楽しいひとときだ。

最近はカプセル型の電動マシーンで入れるコーヒーが家庭にも普及しつつあるが、ポトポトとフィルターにお湯を落とすひと時が、わたしは好きだ。

(240202)


スパイスケース

 

私の朝食のメニューは大きなサラダ、半熟卵、コーヒー、トマトジュース、ヨーグルトとフルーツが定番だ。一年の300日はこのメニューだ。ランチは麺類かカレーが多い。

問題は晩飯だ。喰い意地がはっている爺一人の晩飯だ。手を抜かずにせいぜい旨いものを喰いたい。

一人料理を始めて十年は経つというのに、未だレシピに頼ることが多い。凝った料理を作ろうと思うと、レシピにそって買い物をする。そんなときに買い求めたスパイスが徐々に増えてきた。そこで、スパイスを整理するべくケースを作った。

同じメーカーの同じサイズのスパイスだけでも、ひと目で分かるようにしたい。無精をして、ありあわせの桧の板を使った。

設計もせず、いきなりノコでカットし、ヤスリで削って、接着して、あっという間に出来上がったものの、「こうすればよかった」、「もう少しここを工夫すればよかった」と、手抜き工作の極みだ。

桧の色も、なんとなく白けていて、スパイスを入れてみるものの、あまり美味そうに見えない。そこで傍にあったオーク色のオイルステンをかけたら、ご覧の通り、山小屋みたいなイメージになってしまった。まあいいか、といつものアバウトな出来である。

こんな小さな箱でも、今後はちゃんと設計をしてからやりましょう、と反省するのみである。

まあ、それはさておいて、ひとり飯でこまるのは買い物である。何を買っても多すぎる。ケチな自分としては、なんとか使い切りたいと冒険的な料理もすることもある。また、料理番組などを見ても一人料理はめったにない。一人住まいの方も大勢いるのに、と思ってしまう。食い意地張った爺の嘆きである。


焚き火の宴

 

そのきっかけは、昨年の夏、鎌倉芸術館で開催した「最後の木楽展」だった。 友人、先輩、音楽仲間など多くの方々がおみえになった。そんな中に、私が現役の頃のスタッフの女性二人と、別の日に一人の女性が来場。お互いの近況など話していたら、現在は三人とも湘南に住んでいることが判明。三人とも以前は都内に住んでいたのは知っていたが、まさかこれほど近くにいたとはびっくり。

近所にいるのなら、一度みんなで会おうということになり、この度やっと実現。

拙宅に夕方に集合し、まず再会を期して乾杯。

外を見れば、相模湾は夕陽に赤く染まり、富士山、伊豆半島は徐々にシルエットとなる。

さあ、飯時(めしどき)だ。例によって、愛用のロッジ製のBBQコンロに炭火を起こす。ご持参のポトフを温めたり、焼き芋を焼いたり、デザートのアップルパイも炭火で温めて美味しくいただいた。

夕方まで吹いていた風もだんだん収まったところで、いよいよ焚き火に着火。燃やすのは剪定した木々に混ざって、木工で出た大量の木っ端だ。見れば、製作途中で失敗したおもちゃもある。寸法を間違えて切ってしまった銘木もある。一瞬の一人別世界、木工の思い出にふける。失敗も間違いも赤い炎に包まれて灰となってゆく。

みな暖かなコートに身を包んではいるものの、靴下を履いた足の裏を焚き火に向けて温まっている。足湯ならぬ足火だ。

焚き火は心も体も温めてくれる。

飽きることなく焚き火を囲み、のんびりと時間が流れる。

気がつけば、けっこう遅い時間になっていた。

夕陽でスタート、炭火で旨い料理を味わい、焚き火であたたまる、久々の拙宅でのフルコースとなった。

(240121)


桐の小箱

 

もう、いつ頃か忘れたが、母から小さな桐の小箱をもらった。

私の「ヘソの緒」が入っている小箱だ。言葉を変えれば、私のヘソのミイラである。これは捨てるわけにもいかず、かといって何の役にも立たない。本棚の隅に、ずっと鎮座していた。

改めて見てみると、表には金文字で「寿」と大きく書かれ、その下に「御臍帯納」「御産毛納」とある。底板には生まれた日付、(昭和21715日午前4時)と両親の名前、そして藤沢の桜林病院と記されている。体重は300瓦(グラム)と漢字で書いてある。

なんとなく不気味に感じ、いままで開けたこともなかった。振ってみるとガサガサと音がする。この度、思い切って中を見てみることにした。77年ぶりの開封の義である。

 

開けてみると、産毛とへその緒らしき二つが和紙に包まれている。ほかにも「命名 稲生二平」と書いた半紙が小さく折りたたんで入っていた。父の書であろう。これを神棚にでも貼ったらしい痕跡もある。

他には「ヘソの緒」と題した新聞記事の切り抜きが入っていた。

セピア色に変色しているその記事には、ヘソの緒を保存するのは日本独特の習慣とあり、ヘソの緒に関する色々な言い伝えが書いてある。

・勝負ごとのときに持っていると勝つ

・女の子なら嫁入りの時に持たせ、男の子には出征のときに身につけさせお守りがわりにする

・こどもが命取りの重病にかかった時に干したヘソの緒を煎じて飲ませると命が助かる。

この記事は、いつ頃の何新聞だかはわからないが、このようなスクラップまでとっておくという習性は私にひきつがれたようだ。

やっぱり、何となく抵抗があり、とうとうヘソの緒の包は最後まで開けられなかった。

(240114)




西日よけ障子

 

年末と言う訳ではないが、小さな障子貼りをやった。棄てられない症候群の物置には、有象無象な必要もないものが押し込んである。今回は、そんな中から雪見障子(※)の桟だけを利用した。障子本体はどこかに行ってしまったが、この雪見障子だけは、何かに使えそうだと思い、とっておいた。

我が一坪書斎は、必要な物は椅子に座ったままで手がとどく。とても便利で気に入っているが、この季節、毎日午後3時前後から約一時間は西日がつよく、パソコンの画面などはとても見にくい。いままでは、その時間帯だけ仕方なく薄いベニヤを立てて西日を避けていたものの、とても暗くなってしまう。そこで思いついたのが今回のアイデアだ。

障子貼り、何とも懐かしい。小さな頃は暮れの年中行事だった。私は、古い障子紙を剥がす手伝いを、遊び半分でやったものだ。あれから約70年、舐めてかかったら、けっこう難しかった。

張り終えて糊が乾くのを待って、水をスプレーした。しばらくしていると、皺がなくなりピンとはった障子はとても美しい。

いままで、西日時はベニヤで暗かったデスクも、すばらしい明るさが確保出来るようになった。書斎自体も、障子一枚のおかげで、なんとなくF.R.ライト、やJ.ナカシマの設計のようにみえる。(と、勝手に思いあがっている)

たった障子一枚で日本の伝統建築は何と素晴らしいのだろう、と感心する。この歳になると、我が家には日本間がないのが悔やまれる。

 

※雪見障子(ゆきみしょうじ)とは、上半分が障子、下半分にガラスと可動式の障子がはめ込まれ、下半分の障子は上に持ち上げることができ、部屋にいながら季節を感じられる建具です。冬に庭に積もる雪などを室内から楽しめるように作られたため、雪見障子と呼ばれています。

(231224)

 


 

ランチョンマット盆

 

自然が織りなす素敵な木目を見ていると、心が癒やされる。

 

今となっては、いつどこで買ったかわからない板きれが何枚もある。そんな中から特に木目が美しい板でランチョンマットにもなるようなお盆を二枚拵(こしら)えた。

 

素材は多分メープルとタモだ。まず、二枚の厚さを同じ9㎜まで削った。メープルは自然の木口をわずかに残し、二枚をほぼ同じ寸法にカット、寸法はなんとなく決めた。カットしてから測ったら巾394㎜、奥行き250㎜だ。もしやと思い計算したら、偶然ながら黄金分割比に近かった。

 

この二枚の板、もう手元において何年も経っているので、反ったり、あばれたりすることはないと思うが、念のために反り止めも兼ねて、支えの木を配し、持ちあげるときに指にひっかかりやすいような溝も掘ってみた。縁に使った木は、以前、外階段を作る時に余った南洋材のアマゾンジャラだ。

仕上げは特にせず、Old English社製のレモンオイルで磨き上げた。時々このオイルで磨いていれば綺麗に保てると思う。

 

今までは、晩酌でも食事でも、台所から食卓まで食器や料理をプラスチックのお盆にのせて運び、ランチョンマットの上に載せ替えていた。食後はその逆をやっていたが、この盆をつかえば、そのままランチョンマットとしても使えそうだ。

 

今のところ二枚しか作っていないので、まずは「差しつ差されつ」と行きたいものだがーーー

231217